第34回 古きを訪ねて新しきを知る・『養生訓』の教え (H23.5.22)
5月に入り、爽やかな毎日が続いていますが、皆さんお変わりありませんか?
先月の30日に沖縄が梅雨入りしたという報道がありましたが、私は梅雨前のこの時期が、1年の中で一番好きです。是非、皆さん、屋外に出て、五感を働かせながら身体を動かしてみてください。心身のリフレッシュにつながりますよ。
今回は、江戸時代の健康法で有名な、あの『養生訓』について、皆さんと一緒に勉強したいと思います。
1.『養生訓』って何だろう?
『養生訓』とは、江戸時代の教育者である貝原益軒(かいばらえっけん)によって書かれた健康で毎日を過ごすための暮し方についての解説書です。この書物は、東洋医学の考え方があちこちに盛り込まれている点でも有名です。
貝原益軒自身、生来身体が虚弱で、生涯病気に苦しみ、夫人も病弱であったため、健康に留意し、医薬、食などの養生に心がけ、実践した成果ともいえる著作が、この『養生訓』です。
益軒は、寛永七年(1630年)、筑前(現在の福岡県)の黒田家の下級武士の家に生まれ、19歳の時、黒田家に仕官しました。
しかし、すぐ免職になり、7年間の浪人生活を送り、その間江戸で医学の勉強をすることになります。そして、その学識が認められ、27歳で再就職します。
益軒は、幼少のころから読書家で、非常に博識であったと言われていました。書かれた物だけにとらわれず、自分の足で歩き、目で見、手で触り、あるいは口にすることで確かめるという実証主義的な面を持っていました。また、著書の多くは平易な文体で、より多くの人にわかるように書き記すことを常とする人でした。
71歳で辞職するまで、藩士と学者として身を通しました。益軒の墓は、福岡市中央区の金龍寺にあります。『養生訓』は、益軒が85歳で亡くなる1年前の1713年に出版された書物です。
2.『養生訓』の特徴は?
この書物は、長寿を全うするための身体の養生だけでなく、心の養生も説いているところに特徴があります。
中国の教育者である孟子(紀元前372年?~紀元前289年)が述べた3つの楽しみ「君子の三楽」(父母、兄弟が健在であること。自分の行いが恥ずかしくないこと。世の中の英才を教育すること。)にちなみ、養生の視点からの「三楽」をまとめています。
- 道を行い、善を積むことを楽しむ
- 病にかかることの無い健康な生活を快く楽しむ
- 長寿を楽しむ
また、その長寿を全うするための条件として、自分の内外の条件が指摘されています。
まず自らの内にある「4つの欲」を抑えるため、次のものを我慢するように言っています。
- あれこれ食べてみたいという食欲
- 色欲
- むやみに眠りたがる欲
- いたずらにしゃべりたがる欲
さらに、季節ごとの気温や湿度などの変化に合わせた体調の管理をすることにより、はじめて健康な身体での長寿が得られるものとしています。
これらすべてが彼の実体験で、彼の妻もそのままに実践し、晩年も夫婦で福岡から京都など物見遊山の旅に出かけるなど、仲睦まじく長生きしたと言われています。
3.『養生訓』の教えの中から
養生訓には多くの教えが盛り込まれていますが、その中でも、「お年寄りの健康法」について述べている部分があります。
必ずしも現代の健康法につながるとは限りませんが、当時の考え方を少し覗いてみましょう。
① 老人と楽しみ
年をとったならば、自分の心の楽しみの他には気を使ってはならない。時の流れに従って、自ら楽しむがよい。
自分で楽しむというのは、世間一般の楽しみではない。ただ、心にある本来的な楽しみ、つまり四季の変化、山川の良い景色、草木の繁るを欣びながら楽しむがよい。
② 老人の保養
老人の保養は、何よりも元気を惜しんで気を減らさないことである。呼吸を静かにして、荒くしてはならない。話もゆっくりして、早口ではならない。言葉も少なくし、立ったり座ったり、歩行などをも静かにするがよい。
荒々しい言葉で、早口で、声高く、張り上げるような声を出してはならない。怒らず、憂うることなく、過ぎ去った人の過失をとがめてはならない。また、自分のあやまちをもいくたびも後悔しないがよい。人の無礼で、わがままな無理おしを怒りうらんではならない。これもみな、老人の道である。
※ 「保養」とは、からだを休ませて健康を養うことです。また、「気」とは人体を流れるエネルギーのようなものです。
③ 心労を避ける
老人になったならば、徐々に事をはぶいて、少なくするがよい。事を好んで多くに関わってはならない。
好むことが多くあると、事も多くなる。事が多いと、心労して楽しみを失ってしまう。
④ あぐらをかくこと
老人は常にあぐらをかいて坐り、後ろに腰かけを置いて、それに寄りかかって坐るがよい。横になって、休むことを好んではならない。
⑤ 老人と外出時の用心
老人は大風雨、大寒暑、深い霧のときは、外出してはならない。こうしたときは、家にいて外邪を避けて静養するがよい。
※ 「外邪」とは、身体を侵す風・暑さ・湿り気・乾き・寒さ、そして伝染病などをいいます。
⑥ 寒暑の外邪に用心
衰弱した老人は、脾胃が弱い。夏期は最も注意して保養しなければならない。暑いときに、生の冷たいものを食べると、下痢をしやすい。高熱を伴う下痢も大いに恐ろしい。
ひとたび病気をすると、身体がひどく損なわれて、元気が減ってしまう。残暑のときは、特に恐れて用心しなければならない。
また、寒期は老人は陽気が少ないので、寒邪に傷つきやすい。用心して予防しなければならない。
※ 脾胃とは、胃腸などの消化器を指します。また、「陽気」とは身体の体温を指します。
⑦ 温暖の日の散歩
温暖な天気の日は、庭園や田畑に出たり、高い所に上がったりして、心を広くして遊ばせ、気の滞りを開放させるのがよい。時々、花木を愛し、観賞させて、その心を快適にさせるのもよい。
けれども、老人が自分で庭や畑や花木に心を奪われて、心労することがあってはよくない。
⑧ 老人と小食
老いると脾胃の気が衰えて弱くなる。食事は少な目がよい。多食することは危険である。老人の急死は、ほとんど食べ過ぎである。
若くて脾胃が強かったときの習いで、食べ過ぎると、消化不良を起こして元気が塞がり、病気が起こって死ぬ。心に決めて、過食をしないようにすることだ。
粘っこい飯、堅い飯、餠だんご、麺類、おこわ、獣肉などの消化しにくいものを多く食してはならない。
⑨ 間食を避ける
朝夕の食事は、日頃のように食べて、その上にまた、粉餅や麺類などを、若いときのように多く食してはならない。消化不良を起こしやすい。ただ、朝夕二回の食事は味をよくして食べてもよい。
昼間や夜中、その他の食事を好んではならない。身体を損ないやすいからである。特に、薬を飲むときは、臨時の食事をしてはならない。
⑩ 老人と五味
老人は、特に生で冷えたもの、堅いもの、脂っこいもの、消化しにくいもの、こげて乾いたもの、古いもの、くさいものなどがいけない。
五味の偏ったものは、味がよくても多く食べてはいけない。夜食はことに注意して、慎んだ方がよい。
※ 「五味」とは、酸っぱい、苦い、甘い、辛い、塩辛いの5つの味をいいます。
4.まとめ
江戸時代は現代に比べて栄養状態が悪く、運動習慣も確立されていませんでした。おまけに健康保険制度もありませんでしたので、60代半ばで人生を終える人が多かったようです。
しかし、現代の日本人は江戸時代の人々に比べ栄養状態が格段によくなり、運動習慣も定着し、国民皆保険制度の恩恵を受けて、60歳を越えていても若々しく元気な人たちが多く見られるようになりました。
そんな中で、厚生労働省は
- バランスの取れた栄養を毎日取ること
- 適度な運動をおこなうこと
- 充分な睡眠を取ること
の3つをきちんと守ることで、様々な現代病から身を守ることができると言っています。
さらに、東洋医学では、気象・気候の変化に気を付け、精神状態を穏やかに保ち、陰陽のバランスの取れた食事をすることを奨励しています。
要するに、このような生活スタイルが現代風の『養生訓』につながるのかも知れませんね。
私は、ゴールデンウィークに金華山に登ってきました。そこで、自然の空気の素晴らしさを満喫してきました。
皆さんも、是非梅雨入りする前に、いろんなところへ歩いて行って、新しい発見をしてきてくださいね。道ばたに咲く花でもいいですよ。それが心身のリフレッシュにもつながりますので。